at the last Scene

3 閉幕の儀




 月は静かに傾き始め、部屋からその光が消えかかる。全ては終わっていた。何事もなく継承の儀は滞りなく進められ、無事に閉幕を迎えた。ふたりの新しいサムエルダムーシュの神は、ドラゴンの背に乗り旅立とうとしていた。
 ティリロモスの城へ。
「後のことはすべて任せた。くれぐれも過ちを犯すでないぞ」
 闇神は最後にそう言い残し、彼等の旅立ちも見届けずに闇色に少しばかり緑を加えたような色のマントを翻し、城の中へと戻って行った。
 急いでいる様子が誰の目にも明らかだった。が、そのことに触れる者はいない。
 すでにディクートの王は光の領地へと戻っている。その他の神々も彼等を見送った後 それぞれの領地へ戻っていくだろう。
 竜は飛び立ち、ふたりの青年はティリロモスヘ向かった。
 炎神がいちはやく、その美しい燃えるほどに赫赫と光る髪を靡かせ、凛とした表情にも女性らしいしなやかさを漂わせながら先程闇神の消えた城へ戻ってゆく。
「さて、我らもそろそろお暇するとしましょう。風神、お体に触りませんか?」
 脆く崩れてしまいそうな、しかしそれでも気丈さに溢れる華奢な肢体と、限り無く慈しみ深い優しい笑みを浮かべる美しい妖精のような少女に光神が語り掛けた。
「ええ、ありがとうございます」
 その声もまた、触れたらたちまち粉と消えてしまいそうなほどに細く美しい。
「ちゃんと送り届けますから心配にはおよびませんよ」
 と、水神が少年らしい大きな瞳を輝かせて言った。
「なるほど。そうでしたね。では地神、途中までご一緒にどうです?」
「悪くありませんね。ご一緒させていただきましょう」
 地神と光神は最後まで水神と風神を見送り、それからようやく歩き始めた。
「まったく、こんな時でも代理を立てるとは地神はどういうおつもりで?」
 歩き初めてまもなく、彼は隣の青年に向けて聞いた。
「いつものことです。堅苦しい式典は苦手だと……」
「誠、困った方だ」
 言葉とは裏腹に、壮快かつ円満な笑みを浮かべながら前を見つめている様子に地神が囁いた。
「貴方こそ……」と。
 その言葉に答えるように、ニヤリと笑いを残し、彼は純白に輝く翼を広げ天高く舞い上がった。
「ごきげんよう。地神によろしく」
 と言い残し、彼は自分の乗るドラゴンの居る場所まで飛んで行ってしまった。
 残された地神もまた自分の城に帰るために舞い上がる。
 再びこのような儀式がないことを願いつつ……。


 ティリロモスでは新たな神々の誕生を祝うようかのように抜けるような青い空が広がっていた。
 そして彼等は揃って水晶の鏡を覗き込む。かつて闇の女神が造った、そのヌリエーグロスと言う世界を。
 その中に浮かぶ大陸セムカパーズ。
 僅かな領土しか持たぬ小さな平和な国ライダ。
 そこに彼等は何を見ているのだろうか。
 くすり、と新たな光神が小さく笑い、闇神もまた目を細めその光景に微笑んでいた。
 そして世界は変わらぬままに時だけが刻々と刻まれてゆく。
 誰も、そうとは気付かずに。
 見守る神の存在のその行く末さえも知らないままに、人は皆自分のために生き、そして愛する者のために生き抜いてやがて訪れる死を、今は見えない物と考える。

 一時の幸せを得るために、命の限り生き抜く民を神は見ていた。
 ただ見守るために。


あなたへ募る愛しさ抱いて
私は再び 竜に乗る
奇跡の旅の門出に立って
言えなかった言葉を胸に

君への愛しさだけが全て
君の幸せを 祝福させて
疲れる想いは 終わりにしよう
失う物は なにもないから
得る為に 再び出会うその時に
きっと強くなれるから

 己の胸に 幸多かれと
   輪廻の河で静かな眠りを……




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